韓国におけるハングル文字と漢字の立場

韓国語の文字と言えばハングルですが、度々漢字が見られることがあります。韓国は日本と同じく漢字文化圏であり、韓国語の語彙全体で漢字語が占める割合はなんと58%です。(日本語の中の漢語は49%)よって、漢字は今でも新聞や教科書などでハングルを補助するために使われる場面があります。しかしなぜ、「補助するため」なのでしょうか。韓国の語文政策は時代に合わせて変化してきた歴史があり、漢字の用い方については近年でもその是非が国民の間で問われているものです。今回は、そんな韓国での漢字の用いられ方を、メリットとデメリットと共にご紹介します。

切っても切り離せない存在

まずはハングルと漢字の歴史的な関わりについて見てみましょう。ハングルは、15世紀前半に朝鮮王朝の世宗大王(セジョンデワン)によって作られた文字です。それ以前は漢字によって韓国語を表記していましたが、文法も発音も異なる中国語の文字では韓国語の特徴を十分に表すことができず、当時は学のある一部の男性貴族にしか扱えないものでした。そこで、庶民の識字率の低さを憂いた世宗大王は、学者を集めて誰にでも読み書きしやすいハングルを作ったのです。

日本でも平安時代に仮名が誕生する以前は、漢字のみが使われていました。ただし、日本と違う点は固有語を同じ意味の漢字に当てはめて読む「訓読み」の方式がなく、漢字から完全に独立していることです。ハングルが生まれたからと言って漢字が使用されなくなったわけではなく、1894年のハングル国字化以降も公文書や新聞などでは漢字は積極的に用いられていました。

その後1948年に「ハングル専用法」でハングルを法的に正統な文字と定め、1970年に「漢字廃止宣言」を行ったことでハングルのみの使用に本格的に傾きます。小中高の全ての教科書で漢字を使用しないことを定め、小学校での漢字教育は廃止とされました。また、今までは漢字が使われていた公文書もハングルで全面的に表記されるようになりました。

漢字学習ブームの始まりと終わり

しかし、2年後の1972年にこの宣言は撤回されます。漢字復活政策が打ち出されて公教育で漢字を学習できるようになりました。中学校から1週間に1時間だけ漢文がカリキュラムに組み込まれ、中高あわせて合計1800字の教育用漢字を学習するように定められました。2000年代には私教育領域での小学生への漢字教育が盛り上がり、2004年には公文をはじめとする学習誌で漢字を習っている小学生が150万人にものぼりました。

このような流れを受けて、2014年に政府は「2018年から小学校3年生以上が使う教科書にハングルと漢字を併記する法案を推進する」と発表しました。段階的に漢字400〜500字をハングルと「併記」することを目指すということで、漢字廃止宣言後はじめて小学校に漢字が復活するかと思われました。

しかしその1年後の2015年に「漢字併記」は撤回され、代わりに打ち出した「暫定的には教科書の欄外や脚注部分に漢字を入れたり、単元の最後に漢字を露出させる」という「漢字混用」案が出されましたが、世論がまとまらなかったことからそ2016年には事実上の廃案となりました。

当時の人々の考え方はどうだったのでしょうか。

2014年当時、韓国Gallup調査研究所が実施した調査によると、漢字学習を必要だと考えている人の方が多かったようです。「ハングルと漢字を混ぜて使わなければならない」と答えた人は57%、「ハングルだけ使わなければならない」と答えた人は47%でした。その理由について、前者は「意味を十分に判断することができないから」という答えが7割近くを占めました。後者では「漢字を知らない人が多いから」(26%)、「ハングルは簡単で便利だから」(25%)など、様々な意見が見られました。

また、「漢字を知らないと生活が不便か」という項目に対して、「不便だ」と答えた人は54%、「不便でない」と答えた人は46%でした。偏りはありつつも、圧倒的な差はいまひとつなかったようです。ちなみに、2002年に行われた同じ調査では、漢字が分からないと「不便だ」と答えた人は76%でした。教育や政策面での漢字のゆるやかな廃止とともに、世論は漢字離れに傾きつつあるようです。

国民の意見

ハングル専用か、漢字混用か。意見の分かれる難しいテーマですが、これには双方にメリットもデメリットもあるという背景があるでしょう。表にまとめてみました。

具体的な例を挙げて解説します。

①やはり公的な場やビジネスの場では漢字を使う風習が残っているようです。結婚式の名簿は漢字が使われることが多いですが、親や友人の名前を漢字で読み書きできなかったり、企業に勤めてから書類が正しく読めなかったりして苦労するという状況も起こっているようです。

②「同音異義語」の「배」(ペ)は、この一文字に「おなか」、果物の「梨」、そして「船」、2倍、3倍の「倍」、といった意味があります。ハングルで書かれていたら意味を文脈から判断する必要がありますが、漢字を使えば一目で正しい意味が分かりますね。

③漢字を修得していると、受験や就職で有利になることもあるそうです。例えば、国家情報院などの公共機関12ヶ所、サムスン電子などの民間企業は10ヶ所で漢字語資格を優遇していますし、大学でも入試関連で優遇するところは49ヵ所となっています。子どもの将来のためにと幼い頃の私教育が活発化することは、子どもたちの学習負担や格差の広がり、家庭への経済的な圧迫に繋がると、懸念する声もあるようです。

④教育現場の苦しさも無視できません。2015年にハンギョレ新聞が実施した調査によると、小学校教師の約65%が教科書の漢字併記に反対していることが明らかになりました。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今の韓国社会では、漢字を見ることはほとんどなくなり、「漢字は勉強したい人がすればよい」といった具合のようです。確かに、入試や就職を優位に進めたり、日本など身近な漢字のある国で活躍するグローバル人材となる上では、漢字学習は有用なように思われます。その一方で、学習負担などの懸念点や、ハングル専用独自のメリットもあると分かりました。この記事で見てきたように、1945年から2016年までの約70年間で次々に新たな教育政策や世論の変化が起こったことから、今後もなにか動きがある可能性が考えられます。みなさんも是非、今後の韓国の漢字にまつわる動きに注目してみてください。

<参考文献>

韓国はいま「漢字学習ブーム」

http://www.gallup.co.kr/gallupdb/reportContent.asp?seqNo=583

“한자 몰라도 불편 없다 여기는 국민 늘어”<갤럽> | 연합뉴스

https://digital.asahi.com/articles/ASP8N6W09P8DUPQJ00F.html?pn=9&unlock=1#continuehere